2004年12月15日

走れメルス

演出:野田秀樹
シアターコクーン

 30分遅刻しての観劇。迷惑になるかなと思いながらも、やはり入ってしまった。前から5列目の真中から右寄りの通路席で、今回も上席。別に席にこだわっているわけではないんだけど(席にこだわるほど劇見ないし、お金もないし...あ、でも劇見ないからこそ一回一回は多少お金使ってもいい席でみるという考えも ;´Д`)とそれはともかく)、自分がいいと思える席で見られるのは観ている間充実した時間になるし、気分がいいです。

 途中からなので話には最後までついていけなくて、台詞もどういう意味なのかわからないものばかりで捉えきれずにいたので、白馬の王子様を最後まで信じる乙女の物語?とくらいに考えてたのだけど、パンフレットを読んでみると、青春歌集は何にでも置き換え可能な抽象性の高い物語ということでした。それでもメルスの世界がなんなのかはよくわからなかった。零子がなんなのかとか。たぶんその辺は最初の30分に話があったんだろうね... 芙蓉が作った物語があの世界という捉え方でいいのかな。思いがけない形でもう一回観たくなってしまった、深津絵里ももう一回見たいし(〃⌒▽⌒)ゞ

 しかしラスト、舞台中央前に倒れている芙蓉を抱えるスルメ。中央奥に大地主一行が固まって、その2箇所にスポットが当たっている、こういう画は演劇ならではだなぁ、とつくづく思ってしまった。演劇のスチール写真で見かけることはあるけど、今回演劇で使われるそういうカットの意義が理解できた気がする。映画でもドラマでも、おそらく絵画とかでもレイアウトとしては存在しても、そこを普遍的なカットとして存在し得るのは難しい(絵画の場合説明しづらいけど、構図としてはアリでも、構図そのものがそれのみで認められることはないのではないかといった意味で)。
posted by なす at 01:18| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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